ROUND THE WORLD

カテゴリ:27.コソボ編( 3 )

通貨

今日は世界遺産の1つであるグラチャニツァ修道院に行ってきました。

大多数を占めるアルバニア人がイスラム教徒であるのに対して、

セルビア人はセルビア正教徒です。

ここグラチャニツァ修道院もセルビア正教会の修道院で、

この建物のまわりはたくさんのセルビア人が住んでいるセルビア人コミュニティーです。
a0154765_11314227.jpg
a0154765_1132275.jpg
a0154765_11322059.jpg

a0154765_11333832.jpg

ここはスウェーデンの軍人によって警備されていました。

スウェーデンはこの地域を任されているらしく、常時250人ぐらいの軍人がいるらしい。

修道院の塀は有刺鉄線で乗り越えられないようになってます!


首都のプリシュティナは大多数がアルバニア人であるためか、

グラチャニツァ修道院に行くのはなかなか大変でした。

一応、そこを通過してアルバニア人の地区に行くミニバスがあるのだけど、

グラチャニツァに行くと言うと、

何しに行くんだ?ってあまりいい顔されません。

グラチャニツァで下ろしてくれると言う人がいても、

少し高めの料金を言われ思い通りにはなかなかいきません。


やっとグラチャニツァで下ろしてくれるっていう親切な人を見つけ、

グラチャニツァ修道院に行けたのだけど、

下りるときはセルビア人コミュニティーの中で止まるのだから、

少し気まずい感じもありました。


ここで一番のカルチャーショックは、

ここではセルビアのお金が使えるってことです。

もちろんコソボが通貨として採用しているユーロも使えるのですが、

スーパーなどに行くと金額はセルビアの通貨、ディナールで書かれています。

そしてー!!

ATMではディナールしか下ろせません!

でも良く考えたらそりゃ、そうなのかもしれません。

セルビアはコソボを自国の自治州として見ているのだから。

このように1つの地域に住みながら、

2つの民族がまったくべつべつにお互い関わることなく住んでいるんです。
a0154765_1133396.jpg


ドイツ人の友達に聞くと、

彼らを顔で、見ためだけで区別するのは難しいとか。

言葉をしゃべって初めてセルビア人かアルバニア人かわかるらしい。

そうなると民族ってなんなのか。

血だけじゃないよな。

アイデンティティーなのか、それとも言語や宗教なのか…。

日本のように国家もって、民族を決めるときもあるわけで、

またイスラム教徒やユダヤ教の人を、

どこに住んでいようがムスリム人やユダヤ人と呼んだりもするわけであり・・・。

まだまだ勉強が必要だ!
a0154765_11353393.jpg

たまたま入ったカフェで、セルビア人カップルに写真を撮って!って言われた。
a0154765_11355323.jpg

一番右端の国旗は、セルビア国旗。
[PR]
by world_journey | 2010-07-13 13:00 | 27.コソボ編

コソボ紛争

コソボ紛争、多くの人が言葉自体は聞いたことあると思いますが、

日本から遠いヨーロッパのことであるせいか、

詳しく知る人は少ないのではないでしょうか。

という僕も詳しいことはコソボに入る直前に調べて知ったので、

人のことは言えないです。


現在ではまだ国連の安全保障理事会では未承認国ですが、

現在、日本を含む60数カ国の国がコソボを国家として承認しています。

またコソボは現在も国連の管理下に置かれ、

ヨーロッパ各国の平和維持軍が駐在しています。


なぜ紛争が起きてしまったのか、

それは民族の違うによるものとしかいいようがありません。

コソボはもともとセルビアの自治州の1つでした。
(セルビアは今でもコソボを自国の自治州だと認識している。)

セルビアがまだユーゴスラビアの構成国であったころ、

チトー政府は7つの構成国からなる社会主義連邦を維持するために

民族主義者による活動を厳しく弾圧していました。

そのころセルビアはユーゴスラビアの中で

最も多くの人口を抱えていたため、

政府はセルビアの力を弱める意味でヴォイヴォディナ州、

コソボ・メトヒヤ州の2州を自治州として独立したものにしました。
(とはいっても当時、2つの自治州には公的な自治権は与えられていなかったのだが。)

しかしこの国境の線引きに問題がありました。

コソボ国境はユーゴスラビアに住んでいるアルバニア人の居住地域の境とは

完全には一致していなかったということです。

言いかえれば、

他のユーゴスラビアの構成国であるマケドニア、モンテネグロ、セルビア本体に、

多くのアルバニア人が残され、

またコソボの中にもセルビア人が住む地域ができてしまったということです。


1974年、コソボの地位は憲法上大きく改正され、

他のユーゴスラビア構成国と同等の地位を持つコソボ社会主義自治州となりました。

そしてコソボをユーゴスラビアの7番目の構成国にするようにと、

コソボ内で暴動が発生し始めます。

しかしセルビア、マケドニア、モンテネグロは

これは大アルバニア主義への始まりであるとしてこれを反対&弾圧しました。
(大アルバニア主義はコソボ全土とモンテネグロ、マケドニアの一部をアルバニアへと組み込むことを目的としている。)

しかしコソボ内ではますます民族運動が活発になり、

分離主義が起こり始め、コソボ内のセルビア人住民は迫害を受けるようになります。
(殺害されたり、嫌がらせを受けたり、レイプされたり。)

これを受けてセルビア政府はアルバニア人に対して厳しい弾圧を始めます。

この弾圧が続くにつれ、アルバニア人たちは過激化し、

武力闘争はますます激しくなりました。

しかしコソボとセルビアの軍事力の差は目に見えて違うため、

コソボが独立を獲得するには自力では到底不可能という状況でした。
(でもコソボは譲らない・・だから泥沼化した)

ここで登場するのが、アメリカ合衆国です。


そしてアメリカを中心としたNATO軍はセルビアに空爆を行うなどし、

最終的にコソボを国連の管理下に置くという条約を終結し、

現在に至っています。


最初に述べたように、

セルビアは現在もコソボを自国の自治州だとみています。

そのため南からコソボに入るときはコソボの入国スタンプを押されますが、

セルビア人コミュニティーがある北から入ると押されないらしいです。
(危険だし、外国人は無理かも。)

またコソボのスタンプがあるとセルビアに入国を拒否されるとか。


外国の平和維持軍がいるお陰かもしれませんが、

コソボの首都、プリシュティナはとても平和に感じました。

そしてなぜかみんな裕福なように思えました。

観光、産業などほとんど外資を得る手段がないにも関わらず、

みんないい服を着て、生活水準が高いように僕には思えました。

少なくともマケドニアやアルバニアよりも

着ている服はおしゃれでした。


人権問題を大学院で勉強しているドイツ人の子と知り合いになったのだけど、

その子曰く、すべて外国からの援助のおかげだと言っていました。

コソボは観光する場所は少しながらあるけど、

外資を得るために産業を何も持ち合わせていないらしいです。

今でこそ援助でなんとかなりたっているけど、

今後完全に独り立ちできるように改革を求められるはずです。
(今もきっと求められているはずだよね。)

もちろんその前に平和を取り戻すことが先決ですが・・・。


アメリカの介入&軍事援助があったこともあり、

アルバニア人はイスラム教徒でありながらものすごい親米です。

中東のイスラムの人たちはアメリカがイスラエル寄りの政策を取っているし、

武器をイスラエルに流しているため、

アメリカ嫌いな人が多かったので、

イスラム教徒=反米というイメージだったけど、

ここのアルバニア人はアメリカ大好きです。

クリントン通りやブッシュ通りという道があるほど。

またいたるところにアメリカの国旗を見ることができます。

そりゃそうだよね、アメリカのおかげで独立できたようなものだから。


そう、あと一つ。

コソボにはいたるところでアルバニア国旗を見ることができます。

最初コソボに入国した時に最初に見た国旗もアルバニア国旗でした。

国旗を出している家の7割ぐらいはアルバニア国旗を出している気がします。

もちろんコソボの国旗もありますよ。

知り合ったアルバニア人はアルバニアとコソボを一つの国だと言っていました。


現在は平和維持軍のおかげでほぼ平和は維持されているようですが、

やはりたまに地方では爆弾が投げ込まれるなど、

少しのテロ行為が発生しているようです。


どうしても弱い国を見ると、強い国が悪いように感じてしまいますが、

今回のコソボ紛争はそうでもない気がしました。

分離主義によってコソボに住むたくさんのセルビア人がアルバニア人に殺され、

またセルビア人も報復、民族主義、大アルバニア主義の恐れから

多くのアルバニア人を殺害しました。


こういうところにいると本当に民族って、

国境ってなんだろう・・・と考えずにはいられません。
[PR]
by world_journey | 2010-07-13 12:00 | 27.コソボ編

27カ国目 コソボ

まだまだいろいろな問題が解決されていないコソボですが、

迷いに迷ったあげく、

来ちゃいました、コソボ。

もちろんきちんと来る前に安全や治安に関するリサーチもしっかりし、

行っても大丈夫かな・・・と思った上での決断です。


実際来たうえで思うことは、

来てよかった!!です。

この旅でいつも思うことだけど、

『百聞は一見に如かず。』

最初の予定では明日の朝にはコソボを発つ予定だったけど、

もう2泊、合計3泊することにしました。

時間は限られているけど、

ん、これは!・・と感じたところでは迷わず長居するのが僕の鉄則です。

閃きは大事です!!


コソボはまだまだ大きな問題を抱えた国です。

みんなにそれを伝えられるように生のコソボをしっかりと学び、

報告します!!

とりあえず着いたばかりだけど、

なんかコソボ好きです!!

漠然としててすみません。笑


さっそく現地人と仲良くなっちゃいました。
a0154765_1422125.jpg

a0154765_1423358.jpg

[PR]
by world_journey | 2010-07-12 12:00 | 27.コソボ編