ROUND THE WORLD

カテゴリ:42.ベトナム編( 11 )

ポーカー詐欺未遂?

暇をつぶしにマーケットに向かって歩いていると

2人のマレーシア人女性が話しかけてきました。

「ねね、その帽子どこで買ったの?」

そんな感じで最初は話しかけられ、

「ボリビアだよー2ドルぐらいだったかな」なんてなんとなく話して、

そのまま旅行の話しになりました。

この後はどうするのとか明日は何するとか他愛のないことを話していました。


一人はハノイの今住んでいて、もう一人はその子を訪ねて遊びに来たとか。

2人で日用品をマーケットで買ってぶらぶらしていたところらしい。

英語もペラペラだったので疑うこともなく
(元英国領なのでマレーシア人は比較的英語をしゃべれる人が多い!)

本当普通に喋っていました。

旅先で旅人と出会うのは普通のことだし、

今までもそうやってたくさん友達を作ってきたし・・・。


すると一人の子が「今日この子誕生日で家族で食事するのだけど来ない?」と

言ってくれました。

特にすることはなかったし、場所も近くということだったので、

まーそれもいいかなーと思い、

食事に招かれることに。


しかし近くと聞いていたけどタクシーに乗り込み、

20分ほどかけて義兄とそのお嫁さんの実姉が住むという家に到着しました。

到着して10分ぐらい後に彼女らの義兄と彼女ら2人と僕で夕飯を食べました。

結構豪華な食事で、おかずもけっこう出てきてお腹いっぱいになりました。

飲み物はなんだかんだ心配だったので蓋が開いてないコーラにしました。
(睡眠薬強盗とかあるし・・・)


でもここで疑問に感じたのはぜんぜん誕生日っぽい感じがしないこと。

ご飯を食べ終わるとささっと2人はリビングに行っちゃったし、

ケーキが出てくるわけでもなく・・・みんなでおめでとう!も言わないし・・。

その後残ったお兄さんと話していたのですが、

奥さんである彼女らの姉は妊娠中で病院に入院中とか。

明日は帝王切開をする予定で、今日は家にいないと教えてくれました。

僕は「じゃあ子どもが生まれるのは嬉しいね!?」って聞くと、

「でも手術だから奥さんのこととか考えると心配なんだよね・・・」と、

本当に明日子どもが生まれる父親には見えなかったのです。

僕なら帝王切開とはいえ、初めての子どもが生まれるとなると、

心配はしつつも、どきどき、嬉しくてたまらないけどな・・・と。

表情もあまり嬉しそうでなく、普通な感じでなんか引っ掛かるものがありました。

インドで何か心に引っかかるものがあれば、

それを信じたほうがよいと学んでいたので、そこからは少し警戒モードでお話を続けました。


その後、

リビングに行くと、彼女らは片付けをするとキッチンに行ってしまいました。

そしてお兄さんが「旅についていろいろ教えてくれないか僕もいつかしてみたい」

と言ってきました。


基本的に僕は発展途上国や治安がよくない地域などでは

お金をたくさん持っていると思われることがよくないだろうと感じられる国では、

世界一周をしていること話をしないようにしているのですが、

同じ旅行者だと思った彼女たちには世界一周中だと話していたのです。

お金はいくらかかるかだとか、どうやってお金を管理しているのだとか、

移動の方法よりもなんかそういう質問のほうが多かった気がします。

でもその時にはなんとなくおかしいな・・・と感じていた僕は、

そういうお金の話は適当に流して、

言った国の話や、お勧めの国、移動方法などについて話しました。


なんだかんだ話しその後彼の仕事の話にもなり、

オーストラリアの客船で働いていて、

今は休暇でベトナムに帰ってきているとか。

船のなかではカジノを管理しているんだよ・・・ということを教えてくれました。

そんなとき「ところできみはギャンブルをするの?」と聞かれました。

あ、これはもしや・・・と思った僕は、

「ギャンブルは大嫌い!ギャンブルするやつなんて信じられない!」

「ギャンブルなんて勝てるわけないじゃん。そんなのお金のある人の娯楽だよ!」

ギャンブル嫌いを強調しました。

なぜなら僕はこの時これはポーカー詐欺じゃないか・・・と疑ったからです。


すると以外にも答えは

「そうだよね、ギャンブルはディーラーに有利だからほとんど勝てないものだよ。」でした。


僕はなんとなくこれは誕生日の食事会じゃないな・・・と感じ、

帰りたそうに話をしていると、「疲れているの?」と聞かれ、

「今日夜行バスで来たから少し疲れているかなー」と言うと、

「そろそろ帰る?」と聞いてくれて、タクシーでまた街まで送ってくれました。

正確に言うとバイクタクシーをつかまえてくれたのですが、

なんとなく不安だったのでローカルバスで帰るというと、

タクシーをつかまえて街まで送ってくれました。


あと帰ることになる前になぜか「今日はブルネイのお金持ちの友達が訪ねてくるんだよ」。

となぜそんな話しを??ということもありました。

「だから僕は家にいなきゃいけない・・・」と言っていた彼も一緒に街まで送ってくれました。

タクシーはもちろん流しのタクシーをつかまえて、

念には念を最悪の場合は逃げられるようにとドア側に座りました。

僕は普通に街中に下ろされ、ばいばいしました。


タクシー代は往復10㌦と豪華な食事と至れり尽くせりだったのですが、
(1㌦払えばお腹いっぱい食事が食べれることを考えれば、10㌦はそれなりの金額です)

あとあと考えてみるとポーカー詐欺の手口にそっくりだということを改めて感じました。

もちろんポーカー詐欺のことは知っていました。

親しげに近づいて、家に誘い、
(時には1週間ぐらい心を許すまで友達を演じるとか・・・)

今からお金持ちが家にくるからそいつから金を巻き上げないか!と持ちかけ、

最初はズルをしているので大勝しているのだけど、

最後には恐ろしい金額を負けてしまう・・・というやつです。


ゲストハウスに帰りもう一度地球の歩き方のポーカー詐欺についての記事を読んでいると

こんなことが書いてありました。

・最近マレーシアでの被害が非常に増えている。

・ブルネイのお金持ちが・・・。

・家から近くと言われるがタクシーで15分ぐらいかかる郊外の家。

・タクシーの乗車中は道を覚えさせないためにずっと話しかけてくる。

・食事や家に誘う。


おおおおお!!

これはまさにポーカー詐欺!!

僕は途中でなんかあやしいな・・・と感じ心をあまり許さなかったことと、

ギャンブルが大嫌いだと言ったこと、

旅慣れていることを強調し、

旅について聞かれた時にはわざと世界の怖い人、悪い人の話しをしたのがよかったのか、

普通に食事を食べ、世間話をして帰ることができました。

でもこれは確実にポーカー詐欺だったのだろうと確信してなりません。


家からローカルバスで帰る!って言った時も、

もうローカルバスはないよーって言われたその瞬間ローカルバスは走ってくるし、
(たぶんローカルバスだと場所がばれてしまうと思ったのかな。)

今思えば、いろいろな話がおかしくて、

なんかときどきつじつまが合わなくて、

なぜかギャンブルの話しにもっていったし・・・・。


一番驚いたのはまさか自分が!!ってことです。

ポーカー詐欺については知っていたし、実体験も聞いたことあったし、

なのにこうやって自分が関わってしまったことがけっこう衝撃でした。

もちろん騙されていないという点においては、

知っていたことで防げたと言えるのかもしれないけど、

家まで行ってしまうとは・・・。


僕は出会った人の家にいきなり行くことはまずないです。

特に悪いうわさを聞いている途上国では特に注意しており、

お呼ばれしても1度目は適当にもっともらしい理由をつけてお断りするはずです。

でも今回僕がついて行ってしまったのは、

同じ旅行者ということで油断してしまったためでした。

これまで旅中に出会った旅行者とはたくさんかかわり、

ポーランドやドイツでは家に泊めてもらったり、

一緒に遊びに行ったり、旅行を共にしたり・・・。

旅行者に対する警戒心は比較的和らいでいました。


そんな時に現れたのが彼女らでしたー!!

まー騙されたわけじゃないし、

美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、

タクシーで送り迎えしてくれたし、

悪いことはなかったのだけど今後はもう少し考えて行動しなくちゃなと

反省した1日となりました。


みなさんもアジアに海外旅行では行く場合は詐欺にお気をつけください。

ちなみに南米&アフリカに行く場合は強盗にお気をつけください。

アジアは頭を使って、南米&アフリカは力ずくでアナタのお金を奪っていきます。

旅ももう少しというところでまた一つ新しい経験をしました。
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by world_journey | 2010-10-17 16:00 | 42.ベトナム編

ホーチミンの街並み

街のほぼ中心にあるコンサートホールの前では、

たくさんの人が足を止めて美しい演奏に耳を傾けていました。
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またそこからすぐの場所に歴史ある教会と郵便局があります。
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そこから5分ほど歩くと南ベトナム共和国の大統領官邸あとがあり、

今ではたくさんの観光客がこの場所を訪れています

地下には戦争作戦室や無線室などが展示されており、

その当時の様子を感じることができます。
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ホーチミンにはベトナム最大のチャイナタウンがあるらしく、

そこにも足を延ばしてきました。
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by world_journey | 2010-10-17 15:00 | 42.ベトナム編

ベトナム戦争

「ベトナム戦争の本質として、①独立戦争の終結時にフランスとアメリカ合衆国が

ベトナム全土の共産化を抑止するために、傀儡国家の南ベトナムを建国し、

ジュネーヴ協定が定めた統一選挙が行われず分断国家状態が継続されていたので、

アメリカ合衆国の傀儡国家である南ベトナムを打倒して

ベトナム人によるベトナム統一国家の建国を求める戦争という観点と、

②アメリカ合衆国を盟主とする資本主義陣営と

ソビエト連邦を盟主とする共産主義陣営との対立(冷戦)を背景とした

「代理戦争」という観点もあり、二つの本質を合わせ持った戦争だった。」


アメリカ&南ベトナム側
推定戦死者 28万5千人
行方不明者 149万人
民間人死者 158万1千人

北ベトナム側
推定戦死者 117万7千人
行方不明者 60万4千人
民間人死者 300万人

1960年12月 開戦
1975年2月7日 終戦


その当時アメリカは「ドミノ倒し理論」を信じ、恐れ、
(ドミノ倒しのように周りの国々が共産主義化してしまう)

全力でそれを食い止めようとしました。

北ベトナムは最新鋭の武器を使うアメリカには真っ向勝負はせず、

ゲリラ戦で対抗し、アメリカは最盛期一度に50万人をベトナムに派遣したものの、

成果をあげられず、国内で起きた反戦運動や

南ベトナム政府内の汚職や政治方針に対する危機感また莫大な戦費に悩まされ、

戦争の泥沼化により軍の撤退を始めることになります。
(ニクソン大統領の就任によるところも大きい)


そしてアメリカ軍の撤退後、北ベトナムは南ベトナムに侵攻を始め、

1975年2月7日にサイゴンが陥落します。

そして1976年4月に南北統一選挙が行われ、同年7月1日南北ベトナム統一と

ベトナム社会主義共和国の樹立が宣言されました。

ベトナム戦争終戦とともにラオス、カンボジア共に共産主義化され、

アメリカの恐れていた「ドミノ倒し理論」は現実となるのです。


しかし東欧革命やソビエト連邦崩壊により共産主義経済の破綻が明らかになると、

ベトナムは市場経済を導入し、外国資本投資を受けるようになります。

また東南アジア諸国連合やWTO(世界貿易機構)に加盟し、

市場経済体制と国際貿易体制に組み込まれ経済的にみれば、

アメリカが成し遂げようとしたベトナムの姿が今ここにあるといえます。


国のため、自分の家族や愛するもののため、自分の信じる理念のために戦い、

たくさんの命が失われる戦争。

でも今でもどこかの国では戦闘が起きており、

またどこかの国ではまさに戦争が始まろうとしている。

何かを成し遂げるためには避けられないのか。

こんな時は僕の頭にはいつもジョン・レノンの「IMAGINE」が流れてきます。
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by world_journey | 2010-10-17 14:00 | 42.ベトナム編

近代&現代史

僕は自分は歴史を知らないなーと思ってしまうことがこの旅でよくあるけれど、

特に近代&現代史のことをよく知らない気がします。

僕は比較的歴史が好きで、特に世界史の授業は大好きでした。

でも学校ではあまり近代史&現代についてあまり学んでない気がします。

学校の先生は最初ペースがゆっくりすぎて、最後にハイピッチで進み、

近代&現代の部分が軽視されてしまって、

一番僕たちの生活で重要な、身近な部分が教えられていないような気がします。

アメリカやヨーロッパ人と話しているとみんな政治をよく知っているけど、

日本人ってあまり政治について語らないですよね。

これもきっときちんと学校で政治の大切さや、

政治についての深い理解をさせてもらっていないからな気がします。

日本政府は国民に政治にあまり参加して欲しくないんですかね??

もっと政治に自発的に参加していくような教育方針はとっていかないんですかね。

政治家にとってはそのほうが政治を操る上では楽かもしれないけど、

本当に国のことを考え、国をよくしていきたいと考えるなら、

国民が政治をよく理解し、国民が自分たちの声を大きく上げ、

政治に積極的に参加することはとても大事な気がする。


別に欧米人のようになれといっているのではなく、

日本人らしい気質や心は大切にし、教えていくとしても、

これからの日本の未来を考え上で、

そういう教育は必要不可欠に思えます。


おっと近代史&現代史の話からだいぶ逸れたけど、

僕はこの旅を通してそういった歴史を学び、

それを自分の目で見て、肌で感じることで世界をより近く感じるようになった気がします。

どこかで起きていることは、決して他人事ではないのだと。
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by world_journey | 2010-10-17 13:00 | 42.ベトナム編

ホーチミン(サイゴン)

ホーチミン、旧名サイゴンは南ベトナム共和国の首都であり、
(今でもベトナムの人にはサイゴンという名は親しまれているらしし)

ベトナム統一が成し遂げられた際の最後の砦でした。

経済的中心都市としてはハノイにその座を譲っていますが、

ベトナムの首都として政治的機能はここホーチミンに置かれています。


個人的にここホーチミンはどうしても外せない場所でした。

ベトナム戦争について知りたいと思ったときに、

ホーチミンにある戦争の記録が残る博物館には絶対に行くべきだと思ったからです。

僕がベトナムに来た最大の目的の一つであるベトナム戦争についての知識を得るべく、

到着してまず戦争博物館に行ってきました。


ここには戦争時のたくさんの写真や記録が残されています。

目を背けたくなるような写真、信じがたい事実、ホルマリン漬けの奇形児、

こんな恐ろしい戦争が15年も続いていたなんて、

それも他国の介入によって国がめちゃくちゃにされ、

今でもたくさんの人が苦しんでいる。

ベトナム戦争はなんのためだったのか。

本当に必要な戦争だったのか。

きっとこんなことを今さら議論してもしょうがないのだろうけど、

同じような戦争が二度と起こらないようにするためにも、

僕たちは歴史から学ばなければならないと深く思います。
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by world_journey | 2010-10-17 12:00 | 42.ベトナム編

泥風呂

路上でバイクタクシーをつかまえて、

泥風呂がある町はずれまで行ってきました。

ガイドブックに載っていたのより入園料があがっていて、

迷ったけどせっかく来たので入ることにしました。
(100,000ドン=約410円)


あまり期待していなかったのですが、

確かに泥風呂からあがって泥を落とすと肌がすべすべでしたー。

その後、温泉に浸かり旅の疲れを癒しました。

これで温泉はエクアドル、ボリビア、トルコに続いて4度目かな。

どこでも思うこと、温泉はなんて気持ちいいんだーーー!!
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by world_journey | 2010-10-16 13:00 | 42.ベトナム編

チェ

ベトナムには日本でいうぜんざい的なスイーツがあり、

この名前がチェというらしいです。

いわゆる日本のぜんざいっぽいつぶあんのチェもあるのですが、

それ以外にもたくさん種類があり、

なんとこれ、はずれがなく全てうまい!!

そして1杯たったの3000ドン(約13円)とすばらしいコストパフォーマンス!

それ以外にも3種類選んで、氷の粒と混ぜて食べる、

かき氷のようなものにもでき、これがまたうますぎ。

このかき氷もたったの4000ドン(約17円)とナイスな価格。

昨日に続き、今日もたくさん食べちゃいました。
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あと甘いもの好きの僕のおすすめは、ベトナムコーヒー。

練乳とエスプレッソ、そして大量の氷を入れて、

溶かしながら飲むのがベトナム流。

そして甘くて、濃いせいか、

一緒にハーブティーも出してくれて、

ちょびちょびコーヒーを飲みながら、

ハーブティーを飲むのが最高です。

これで大体7000ドン(約30円)です。
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ベトナムの食事はローカルなところで食べれば、5000ドン(約20円)から

15000ドン(約62円)ぐらいでお腹いっぱい食べられます。

たくさんのお惣菜をご飯に乗せてくれるやつも美味しいし、

もちろん麺もうまいし、サンドイッチもなかなか。

ベトナムはおいしいものがとても安く食べられるので、

食べるのが好きな僕にとってはまさに天国です!
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by world_journey | 2010-10-16 12:00 | 42.ベトナム編

ニャーチャン

ホイアンから夜行バスで約8時間かけ、

ビーチリゾート地、ニャーチャンにやってきました。

ここはベトナム人にも人気の観光地らしく、

ビーチ沿いの歩道はなんとなくヨーロッパチックな装いがあります。

そうそうここベトナムも元フランスの植民地で、

美味しいバケットのサンドイッチを食べることができます。

安い場所では一個25円、高くても40円とラオスに比べて、

格段に安いです(ラオスでは100円ぐらい)。


特にビーチ好きでもない僕がなぜここに来たかというと、

ここには泥風呂&温泉があるらしく、

旅の疲れをちょこっと癒そうかなーと思いニャーチャンに立ち寄りました。

気分がのれば海に入るのもいいかな。
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by world_journey | 2010-10-15 12:00 | 42.ベトナム編

ホイアン

ここホイアンはベトナム戦争の被害をあまり受けなかったらしく、

古い街並みがそのまま残っています。

また日本人街があったり、日本人が作ったと言われている日本橋なるものもあり、

日本にもなじみ深いものが残っています。

最盛期にはたくさんの日本人が生活していたとか。


古い街並みがとても趣があり素敵なのです。

かなり観光地化していますが僕はなんだかんだでこの街がとても好きです。

街中を歩いているとその時代にタイムスリップしたような感じで、

なんともいえない不思議な気持ちになります。
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少し街の端まで足を伸ばせば、

活気ある市場があり、

元気いっぱいの女性がたくさん働いています。

どうもベトナムでは市場は女性の活躍の場のようです。
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夜の街も色とりどりの明かりが灯り、

とても素敵です。
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by world_journey | 2010-10-13 12:00 | 42.ベトナム編

フエ

夜行寝台バスで約16時間かけベトナムのフエに移動してきました。

ここフエには王宮があるなど、とても歴史ある街です。

しかしフエはベトナム戦争時代、南北ベトナムのほぼ境にあったこともあり、

街は多大な被害をこうむることになります。

もちろん王宮やその周りの城壁内の古い街並みも例外ではありません。


しかし今ではほとんどが修復され、また世界遺産にも登録されているため、

たくさんの観光客がフエを訪れるようです。

ベトナム戦争についてあまりよく知らない僕なので、

ベトナムではベトナム戦争についてしっかりと勉強して帰ろうと思います。
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ベトナムの印象ですが、

すごく街に活気があり、ここで生活する人もパワーみなぎる感じで、

なんとなくベトナムはお気に入りの国になりそうです。
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by world_journey | 2010-10-12 12:00 | 42.ベトナム編